はじめに
私の人生の節目には、いつも「旅」がありました。大学時代の初めてのフライトから、58歳で叶えた107日間の世界一周まで。30年以上にわたり、私が見てきた世界の景色と、その時々の想いを振り返ります。
初めての海外旅行はアメリカ一周:憧れの地を駆け抜けた1ヶ月
私の旅の原点は、大学3年生の夏、仲間と3人で挑んだ1ヶ月のアメリカ一周です。それまで国内でさえ飛行機に乗ったことがなかった私が、この1ヶ月でなんと計13回も機上の人となりました。
- 絶体絶命のスタート:全チケット紛失事件 旅の幕開けは、今思い出しても冷や汗が出るようなハプニングから始まりました。アメリカへ向かう最初の機内、なんと棚に「パスポート以外の重要物」——アメリカ国内の全航空券、そして本土からハワイへ向かうチケット——を置き忘れてしまったのです。 入国後、サンフランシスコ、ニューヨーク、そしてハワイ……。各都市のユナイテッド航空のカウンターで、必死に交渉を続けました。 そこで学んだのは、「航空券は再発行できない」という厳しい現実です。まず日本で購入したのと同じチケットを自腹(クレジットカード)で再度購入し、事後的に第三者が紛失チケットを不正利用していないことが確認されて初めて「リファンド(払い戻し)」(ただし手数料はかかる)されるという仕組み。これを拙い英語で粘り強く交渉し、旅を続行させた経験は、後の就職活動の面接でも強力なエピソードになりました。
- 憧れのカルチャーを辿る旅 トラブルを乗り越えて巡ったのは、あこがれの象徴でした。
- 音楽・映画: イーグルス『ホテル・カリフォルニア』のモデルとなったピンクのホテル、映画『タワーリング・インフェルノ』の舞台となったバンク・オブ・アメリカ・ビル。ユニバーサル・スタジオでは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンにも対面。
- 時代のアイコン: 当時有名になったばかりのドナルド・トランプの「トランプタワー」、プラザ合意の舞台「プラザホテル」、ジョン・レノンの「ダコタ・ハウス」。
- ドライブの記憶: マイアミのエキゾチックなお姉さんたちを横目に、レンタカーを飛ばして本土最南端のキーウエストまで駆け抜けました。空港から市内へ向かう道中、最初の都市サンフランシスコの街並みが目に飛び込んできた瞬間の感動は、今も忘れられません。最後はハワイのオアフ島で旅を締めくくりました。
大学の卒業旅行はヨーロッパ & NY:自信を深めた7週間のひとり旅
アメリカでの経験を自信に変え、卒業式の前日に帰国するという強行軍で、7週間に及ぶひとり旅に出ました。ロンドンから入り、ドーバー海峡をフェリーで渡り、ユーレイルパスで西ヨーロッパを巡る旅です。
- 鉄道で巡る西欧のコントラスト 一番シャッターを切ったのは、絵になるパリ。フランスからスペインへの列車内では、現地の高校生たちと語り合いました。一方で、スイスのチューリッヒでは当時から物価の高さに驚愕し、マクドナルドで現地の人と「進む円高」について会話したのを覚えています。ローマは街全体が遺跡であり、ドイツではビールとソーセージが主食に。フィレンツェの絵のような美しさに感動する一方、ナポリの道路の汚さも強烈な思い出です。ベルギーはフランスとドイツを足したような綺麗な街でした。
- NYでのアパート生活と洗礼 ローマから大西洋を渡り、NYでは安アパートを2週間借りました。夜はブロードウェイ、ジャズ、ロックのコンサート、NBA観戦とエンタメ三昧。当時のNYは治安が悪く、夜はアパートまで走って帰りました。自転車でハーレムに迷い込んだ際、指を立てられ「JAP!」と罵られた恐怖も。また、空港到着時は一面の雪だったのに、2週間後のコロンビア大学のキャンパスではTシャツで過ごすというNY特有の異常気象も体験。この7週間で、私は大きな自信を掴みました。
独身時代の旅路:メキシコ、豪州、そして迷宮のモロッコへ
社会人になっても毎年海外旅行を継続。メキシコではテオティワカンのピラミッドに圧倒され、オーストラリアではシドニーからゴールドコーストへの高速バスが故障して立ち往生。それでも同乗者と明るく過ごした時間は良い思い出です。
- 独身最後の冒険・モロッコ 28歳、旅慣れた私は初のアフリカへ。あえてTシャツ・ジーンズ姿でYMCA(当時は高級ホテル以外カードが使えなかったため)を泊まり歩くスタイルに挑戦。フェズでは中世で時が止まったような感覚を味わいました。 マラケシュでは「英語を教えるから日本語を教えて」と近づいてきた高校生の誘いにあえて乗り、彼の家に数日間泊めてもらうことに。最後には「オートバイを買ってくれ」と頼まれ、適正な謝礼で事なきを得ました。 また、YMCAで同室だったイタリア人とトルコ風呂で背中を流し合いましたが、その男にクレジットカードを盗まれ50万円キャッシングされる事件が発生。帰路のフランスから日本にいる元彼女(現在の妻)に国際電話をして止めてもらった経験は、今では笑い話です。
新婚旅行はハワイ:憧れの楽園と、今も語り継がれる「レンタカー事件」
独身時代の過酷な?旅とは一転、HISのパッケージ(4泊5日)でオアフとマウイへ。マウイ島では、当時「ホテル王」と呼ばれた演歌歌手・千昌夫さん所有の豪華なホテル(旧ウェスティン・マウイ)に滞在しました。 今でも妻に言われるのが、空港からホテルまでのレンタカー運転。「怖かった」「なぜリムジンにしなかったの?」と。当時のサラリーマンは1週間休むのが限界で、慌ただしくもスイートな旅でした。
結婚後も続く旅の習慣:家族の成長と共に刻む足跡
「原則、毎年1回」を念頭にして、発展途上のクアラルンプール、義妹夫婦とのソウル、ランカウイ島のリゾート、家族4人での台湾、義理の両親を連れたハワイなどを巡りました。新婚気分で訪れたバリ島の幻想的な雰囲気は格別でした。 また、次男のインフルエンザで急遽実現した、当時小5の長男との「上海男二人旅」は、最高の思い出です。実は結婚前にも、婚前旅行で香港、同期とタイや済州島にも足を運んでいました。
【番外編】母との二人旅
母を連れ出した3回の二人旅は、私にとって大切な親孝行の時間でした。
- アメリカ・聖地巡礼: 長男を妻が妊娠中、サンフランシスコやグランドキャニオン、ラスベガスを経てメンフィスの「グレイスランド」へ。エルヴィス・プレスリーの墓前で涙する母を見て、共にもらい泣きしました。
- 香港・自由旅行: 早期退職の直前、雨傘運動前の穏やかな香港。2階建てバスで自由に巡り、ペニンシュラのBARでクラーク・ゲーブルゆかりのスクリュードライバーを飲みながら夜景を楽しみました。
- ベトナム・縦断: 2019年、早期退職後の最初の旅。少し高級なツアーでベトナムの主要都市を縦断し、毎日豪華な食事を母と楽しみました。
最近はアジア:変化する街並みと変わらぬ魅力
近年はフィリピン、マレーシアなど、近場のアジアが中心です。行くたびに街が近代化していくスピード、そのエネルギーに触れることは、私の日常の大きな活力となると共に投資のヒントにもなっています。
初の北欧 & 107日間の世界一周:旅の集大成へ
2025年、私の旅の歴史は最大のハイライトを迎えました。
- 予定変更から生まれた北欧旅 国際情勢で世界一周のルートが変更(スエズ運河通行不可)になったため、「行けなくなった北欧だけ先に行こう」と、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、エストニアの5カ国を巡る10日間の旅を先行。ストライキ騒動を乗り越え、最高の天候に恵まれました。
- 107日間の地球一周 2025年12月から2026年3月まで、夫婦で南回りの世界一周へ。南米の氷河、アフリカの砂漠、インド洋の島々。1週間が限界だった会社員時代には想像もできなかった、時間の制約から解き放たれた107日間でした。1日ひとり4万円費用かかりましたが「プライスレス」。
おわりに
30数年前、サンフランシスコの街並みに震え、航空券紛失に泣きながら交渉したあの経験は、今も鮮明に覚えています。 世界は広く、まだまだ知らない景色がある。 次はどこへ向かおうか。私の旅の物語は、これからも続いていきます。
I hope you like it.
